カビ指数について

このページは、阿部恵子先生が書かれた論文をほぼそのまま掲載しています。

【1】被害を受けてから気付くカビ汚染

住宅内でカビによる汚染に気付くのは、おそらく汚染された後でしょう。でも、汚れが目立つようになってから、カビ臭くなってから、あるいは住んでいる人がカビアレルギーになるなど健康上の被害を受けてからでは遅すぎます。汚染される前に環境を知ることが必要です。どの場所がどのくらいカビの育つ環境になっているのかわかれば、前もって対策が立てられます。
 

【2】環境のセンサーとしてのカビ

ある場所がカビで汚染されるかどうかは、実際にその場所でカビが発育するかどうかを調べるのが一番確実です。カビを環境のセンサーに利用しカビ発育環境を調べることができれば良いわけです。 そこで、カビを小さな試験片の中にカビを閉じこめた「カビセンサー」を作り、調査環境に一定期間設置(環境曝露)するという方法を考案しました。
 

【3】環境調査用試験片「カビセンサー」

カビセンサーとは、環境のセンサーとして用いるカビを環境曝露するための試験片です。カビの胞子と栄養分を閉じこめて乾燥させてあります。カビセンサーを調べたい所に一定期間(1週間、4週間など)放置します。もしその調査箇所がカビの生長できる環境であれば、中の胞子は発芽して菌糸を伸ばします。調査箇所がカビの育ちやすい環境であるほど短期間で内部のカビは発育します。(カビセンサーにはカビ指数調査用カビセンサーと目視調査用のカビセンサーがありますが、ここではカビ指数調査用のカビセンサーを説明します。)
 

【4】カビセンサーの中に入っているセンサー菌

カビ指数調査用カビセンサーの中には、環境のセンサー菌としてEurotium herbariorum(以下ユーロチウムと記載)、Alternaria alternata(以下アルタナリアと記載)、Aspergillus penicillioides(以下アスペルギルスと記載)の3種類を入れています。この3種類は、何れも住宅内で一般的に見られるカビです。これらのセンサー菌は、多数のカビ(約10000株)の中から環境に対して最も高い応答を示す菌を選びだしたものです。 アルタナリアは好湿性のカビで、相対湿度が高くなるほど生長は速くなります。一般的なカビは相対湿度の高い環境ほど成長は速いので、アルタナリアは一般カビの代表といった所です。ユーロチウムは好乾性のカビで、相対湿度95%未満の環境ではアルタナリアよりも速く発育します。好乾性アスペルギルスはユーロチウムよりも好乾性の程度が強く、相対湿度72%以下の環境ではユーロチウムよりも速く発育します。
 

【5】センサー菌の応答

カビセンサーを環境曝露すると、カビの発育する環境であれば内部でセンサー菌が発育します。発育は調査環境に依存しますので発育を環境に対する応答と見なすことができます。センサー菌の応答にru(response unitの略)と単位を付けました。 応答は、菌糸長(μm)と応答(ru)の関係を示す標準曲線から調べます。 標準曲線は、基準センサー菌(ユーロチウム)を、基準気候(温度25℃・相対湿度93.6%)で培養して得られる菌糸伸長曲線(何時間培養で何μmの菌糸長になるかを表す曲線)の、培養時間(h)を応答(ru)に置き換えた曲線です。 図1は、菌糸長(μm)と応答(ru)の関係を表す標準曲線です。(A)の菌糸長は胞子から菌糸先端までの直線距離で、(B)の菌糸長はエッジ(栄養源のある部分と無い部分の境界線)から菌糸先端までの直線距離です。
 
  

図1 標準曲線

 
例えば、センサー菌をある調査環境に曝露したとき、写真Aのように菌糸が伸びていたとします。胞子から菌糸先端までの菌糸長は60μmで、標準曲線(A)から10ruが得られます。写真Bのように菌糸が長く伸びていた場合は標準曲線(B)から応答を調べます。写真Bでの胞子分散スポットのエッジから菌糸先端までの菌糸長は500μmで、標準曲線(B)から24ruが得られます。
 
  

図2 センサー菌の顕微鏡写真

 

【6】カビ指数の測定

環境曝露したカビ(カビセンサー内部のセンサー菌)が1週間あたりにどれだけ応答するかを調べ、その値を「カビ指数」(参考文献1~4)としました。カビ指数は、センサー菌の応答(ru)を曝露期間(週数)で割った値で、「環境がカビ生長に与える影響力」を定量的に表す指標です。 カビ指数測定法は以下のとおりです。
 

  1. 環境曝露
    カビセンサーを一定期間調査環境に設置する。
  2. 回収
    環境曝露後のカビセンサーを、シリカゲルを入れた容器に入れる。シリカゲルによる乾燥で菌糸の伸長は直ちに停止する。
  3. 写真撮影
    カビセンサー内部のセンサー菌を顕微写真撮影する。撮影視野はセンサー菌の胞子分散スポットのエッジとその近傍。
  4. 菌糸長の計測
    撮影された写真上で菌糸長を計る。撮影された菌糸が短い場合(写真A参照)は胞子から菌糸先端までの距離を菌糸長とし,菌糸が長い場合(写真B参照)は胞子分散スポットのエッジから菌糸先端までの距離を菌糸長とする。菌糸が短い場合は写真に撮影された全ての菌糸から,菌糸が長い場合はスポットのエッジ幅1mmを横切る菌糸から,最も長い菌糸を外し,2,3及び4番目に長い菌糸長を計測し平均値を求める。なお,スポットのエッジ幅1mmを横切ってエッジ外側に100μm以上伸びる菌糸が4本以上観察された場合を「菌糸が長い場合」とする。
  5. 応答に換算
    標準曲線(図1A、B)を用いて菌糸長平均値から応答(ru)を見積もる。
  6. カビ指数の計算
    応答(ru)を曝露期間(週数)で割るとカビ指数が算出される。

 
例えば、ある環境にカビセンサーを曝露し、回収後に写真撮影し、写真Bの応答(24 ru)が得られたと仮定します。曝露期間(調査期間)が1週間の場合はカビ指数24(24÷1=24)、2週間の場合はカビ指数12(24÷2=12)、4週間の場合はカビ指数6(24÷4=6)、8週間の場合はカビ指数3(24÷8=3)が得られます。曝露期間が24時間の場合にはカビ指数168(24÷1/7=168)です。 カビ指数はユーロチウムをセンサー菌として測定します。この菌があまり発育せず、他のセンサー菌の菌糸長のほうが長くなっていた場合のみ、最も長い菌糸長をユーロチウムの菌糸長と置き換えてカビ指数を測定します。 ユーロチウムは幅広い環境下で発育速度が最も速い、すなわち環境センサーとして最も感度の高い菌として多数の中から選択した菌ですが、相対湿度95%以上の高湿環境と相対湿度72%以下の低湿環境では、発育速度が低下します。そこで、環境センサーとしての感度が低い高湿環境と低湿環境は、アルタナリアとアスペルギルスの菌糸長を利用することで、ユーロチウムの感度低下を補っています。
 

【7】参考文献

阿部恵子:好乾性カビをバイオセンサーとする室内環境評価法、防菌防黴、第21巻、pp.557-565(1993年)
 
Abe, K.:A Method for Numerical Characterization of Indoor Climates by a Biosensor using a Xerophilic Fungus, Indoor Air, Vol.3, pp.334-348 (1993)
 
Abe, K. et al:Assessment of Indoor Climate in an Apartment by Use of a Fungal Index, Applied and Environmental Microbiology, Vol.62, pp.959-963 (1996)
 
阿部恵子:カビ指数による室内環境評価、防菌防黴、第29巻、9月号 pp.557-566(2001年)